~空き家マイスターが見た人生の物語~
「親父に謝ったことなんて、一度もなかったんです。」
そう話したのは、名古屋市内にある実家を相続した60代の長男でした。
その日、ご家族は仏壇じまいを行うため、久しぶりに全員が実家へ集まっていました。
父親が亡くなってから七年。
母親も三年前に他界。
誰も住まなくなった実家は空き家となり、売却が決まっていました。
遺品整理も終わりに近づき、
家具も片付いた。
食器も整理した。
アルバムも持ち帰った。
しかし最後まで残っていたのが仏壇でした。
そしてその日が、長男にとって人生で初めて父親へ謝る日になるとは、本人も思っていなかったのです。
厳しかった父
長男が子どもの頃、お父様はとても厳しい人だったそうです。
昭和の父親。
仕事一筋。
口数は少ない。
褒めることもほとんどない。
学校の成績が良くても当たり前。
部活で活躍しても当たり前。
そんな家庭だったそうです。
長男は幼い頃から、
「認めてもらいたい」
と思っていました。
しかし父親は何も言わない。
そのため親子の会話は少なくなっていきました。
家を出た日
高校卒業後、長男は就職で県外へ出ました。
本当は大学へ進学したかったそうです。
しかし父親は反対しました。
家庭の事情もありました。
長男は納得できませんでした。
その時から父親への反発心が強くなったそうです。
家を出る日も、
「行ってきます。」
「おう。」
それだけでした。
何十年も続いた距離
社会人になってからも関係は変わりません。
正月に帰省しても会話は少ない。
結婚の報告も簡単だった。
孫が生まれても照れくさい。
お互い似た者同士だったのかもしれません。
言いたいことがあっても言えない。
感謝も伝えない。
謝罪も伝えない。
そんなまま時間だけが過ぎていきました。
父の死
突然だったそうです。
心筋梗塞でした。
病院へ駆けつけた時には、すでに意識はありませんでした。
最後の会話は思い出せない。
何を話したのかも曖昧。
気が付けば別れの時は終わっていました。
残された後悔
葬儀が終わった後。
長男はあることに気付きました。
自分は父親に感謝を伝えていない。
そして謝ってもいない。
若い頃の反発。
何年も帰省しなかったこと。
電話を避けたこと。
様々な後悔が残りました。
しかし相手はもういません。
母も亡くなり空き家に
その後、お母様も亡くなりました。
実家は空き家になりました。
長男は定期的に管理に通いました。
しかし誰も住まない家は傷みます。
固定資産税もかかります。
最終的に売却を決断しました。
最後まで残った仏壇
遺品整理は進みました。
けれど仏壇だけは手を付けられませんでした。
仏壇には父親の写真がありました。
若い頃の母親の写真もありました。
毎日見ていたはずなのに、
まともに向き合ったことはありませんでした。
仏壇じまいの日
住職による閉眼供養の日。
兄弟姉妹が集まりました。
お経が流れます。
線香の香りが漂います。
そして順番に焼香を行いました。
長男の番になりました。
父親の写真を見た瞬間、
突然涙があふれたそうです。
初めての謝罪
誰も予想していませんでした。
長男は仏壇の前で手を合わせながら、
小さな声で言いました。
「親父、ごめんな。」
それだけでした。
長い言葉ではありません。
しかし60年分の思いが詰まっていました。
本当は感謝していた
謝りながら、いろいろなことを思い出したそうです。
学費を出してくれたこと。
就職を支えてくれたこと。
結婚式で黙って見守ってくれたこと。
孫が生まれた時に嬉しそうだったこと。
厳しかった父。
しかし振り返れば愛情ばかりだった。
それに気付いたのは父が亡くなった後でした。
妹が言った一言
焼香後、妹さんが言いました。
「お兄ちゃん、お父さん喜んでると思うよ。」
その言葉でさらに涙が止まらなくなったそうです。
生きている間は言えなかった。
しかしようやく伝えられた。
それだけで少し心が軽くなったそうです。
仏壇がつないだ時間
仏壇じまいは、仏壇を処分することではありません。
家族がもう一度故人と向き合う時間なのだと思います。
閉眼供養の日。
兄弟は父の思い出を語りました。
母の話もしました。
久しぶりにたくさん笑いました。
そして少し泣きました。
空き家マイスターが感じること
私は空き家の売却相談を受けています。
しかし実際には不動産だけではありません。
相続があります。
家族の歴史があります。
後悔があります。
感謝があります。
仏壇じまいの場面では、それが特によく見えます。
実家を売るということ
売却が決まり、
家はやがて新しい所有者へ引き継がれます。
建物はなくなるかもしれません。
しかし家族の記憶はなくなりません。
仏壇がなくなっても、
父親との思い出は消えません。
むしろ心の中へ移るだけなのだと思います。
まとめ
仏壇じまいの日。
長男は人生で初めて父親へ謝りました。
生前には言えなかった言葉。
長年抱えていた後悔。
ようやく伝えることができました。
それは仏壇じまいでありながら、
家族にとっては心の整理の日でもあったのです。
空き家マイスターが見た人生の物語
供養が終わり、仏壇が運び出された後。
長男はしばらく空になった場所を見つめていました。
そして静かに言いました。
「もっと早く謝ればよかったな。」
私はその言葉が今でも忘れられません。
親子だから分かり合えるとは限りません。
親子だから言えないこともあります。
けれど人はいつか必ず別れの時を迎えます。
その時に残るのは、お金でも不動産でもありません。
伝えられなかった言葉です。
だからこそ私は思います。
感謝も謝罪も、できる時に伝えた方がいい。
仏壇じまいの日に初めて父へ謝った長男は、そのことを誰よりも教えてくれた気がします。
そして私は今日も空き家の現場で、一軒の家の向こう側にある家族の物語を見つめています。
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