――そこには、誰かの後悔と家族の物語がある――
不動産売却の契約書を見るたびに思うことがあります。
昔に比べると、本当に細かくなりました。
契約書は分厚くなり、重要事項説明書も増えました。
売主様からはよく言われます。
「こんなにたくさん読むんですか?」
「難しい言葉ばかりですね」
「昔はもっと簡単だったと聞きました」
確かにそうかもしれません。
しかし私は思うのです。
この契約書の一文一文には理由があります。
ただ法律を並べたものではありません。
そこには過去の誰かの失敗があり、
誰かの後悔があり、
そして誰かの家族の物語があります。
今日は少し違う角度から、不動産売却と契約不適合責任についてお話ししたいと思います。
契約不適合責任とは何なのか
近年、不動産売却においてよく耳にする言葉があります。
「契約不適合責任」
以前は「瑕疵担保責任」と呼ばれていました。
簡単に言えば、
売却した不動産が契約内容と異なっていた場合に、売主が一定の責任を負う制度です。
例えば、
雨漏りがあった。
シロアリ被害があった。
給排水管に問題があった。
土地の境界に問題があった。
こうした事実が契約時に伝えられていなかった場合、引渡し後にトラブルになる可能性があります。
だから契約書には細かく記載されるのです。
しかし私は思います。
契約不適合責任とは法律の話だけではありません。
本質は、
「誠実であること」
だと思っています。
契約書はなぜ分厚くなったのか
昔の契約書はもっとシンプルでした。
しかし時代とともに少しずつ増えていきました。
なぜでしょうか。
理由は簡単です。
過去にトラブルがあったからです。
ある家では雨漏りが問題になりました。
ある家では境界問題が発覚しました。
ある家では地下から埋設物が見つかりました。
ある家では売主も知らない不具合が見つかりました。
そのたびに、
裁判が起き、
争いが起き、
信頼関係が壊れていきました。
そして契約書には新しい条文が加わりました。
つまり契約書は、
不動産業界が作った書類ではなく、
過去の経験が積み重なってできたものなのです。
相続不動産売却で特に多い悩み
私は名古屋市を中心に相続不動産売却の相談を受けています。
その中で特に多いのが、
「家のことが分からない」
という悩みです。
当然です。
売主様が住んでいた家ではないからです。
親が住んでいた実家。
何十年も前に建てられた家。
空き家になっている家。
すると売主様は不安になります。
「雨漏りはないだろうか」
「配管は大丈夫だろうか」
「何か問題があったらどうしよう」
実際、相続不動産売却ではこの不安を抱える方が非常に多いのです。
実家じまいは法律だけでは解決できない
実家じまいの相談を受けていると、
契約不適合責任よりも難しい問題があります。
それは感情です。
親が亡くなった。
誰も住まなくなった。
相続した。
しかし売れない。
決断できない。
なぜなら、
その家には思い出があるからです。
子どもの頃の記憶があります。
父親が庭を手入れしていた姿があります。
母親が料理をしていた台所があります。
だから売却は単なる不動産取引ではありません。
人生の整理でもあります。
「親父が建てた家だから」
以前、あるご兄弟の相談を受けました。
築50年以上の実家でした。
兄は売却を希望していました。
妹は反対でした。
理由を聞くと、
妹はこう言いました。
「父が建てた家だから」
その言葉に兄も何も言えませんでした。
兄も同じ気持ちだったからです。
しかし現実は厳しいものでした。
誰も住まない。
管理費はかかる。
固定資産税もかかる。
建物も老朽化している。
最終的に売却することになりました。
契約の日
売買契約の日。
兄妹は静かでした。
契約内容の説明。
重要事項説明。
契約不適合責任の説明。
境界の説明。
設備表の説明。
一つ一つ確認していきました。
そして最後に署名しました。
その時、
妹がこう言いました。
「お父さん、ごめんねじゃなくて、ありがとうだよね」
兄は黙って頷いていました。
私は今でもその言葉を忘れられません。
契約書の向こう側にあるもの
契約書は紙です。
法律文書です。
しかし、
その紙の向こう側には人がいます。
家族がいます。
人生があります。
相続があります。
別れがあります。
不動産会社は契約書を作ります。
しかし本当に向き合うべきなのは、
契約書ではなく、
その背景にいる売主様なのかもしれません。
売主様が本当に求めているもの
売主様は査定額だけを求めているのでしょうか。
もちろん価格は重要です。
しかし私は現場で違うものを感じます。
売主様が求めているのは、
安心です。
納得です。
後悔しない取引です。
そして、
「この会社に任せて良かった」
と思えることです。
契約不適合責任の説明も、
契約書の内容も、
本来は売主様を守るためにあります。
難しい法律用語を並べるためではありません。
不動産売却は信頼の仕事
私はこれまで多くの不動産売却に携わってきました。
その中で確信していることがあります。
不動産売却は建物を売る仕事ではありません。
信頼をつなぐ仕事です。
売主から買主へ。
家族から次の家族へ。
その橋渡しをする仕事です。
だからこそ、
知っていることは正直に伝える。
分からないことは調べる。
問題があれば事前に説明する。
そうした当たり前の積み重ねが大切なのです。
最後に
契約不適合責任。
作りこまれた契約書。
重要事項説明書。
どれも難しく感じるかもしれません。
しかし私は思います。
その一文一文の背景には、
誰かの後悔があります。
誰かの失敗があります。
そして、
二度と同じ思いをする人を増やしたくないという願いがあります。
だから契約書は厚くなったのです。
だから説明は細かくなったのです。
不動産売却とは契約書に署名することではありません。
家族の歴史を未来へ引き継ぐことです。
そして相続不動産の売却とは、
親から受け継いだ想いを整理し、
次の世代へつないでいく作業なのだと思います。
契約書の向こう側には、
いつも人がいます。
だから私は今日も、
不動産ではなく、
売主様と向き合いたいと思っています。
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