こんにちは。
趣味は街歩き。名古屋市の街を歩き続けて8年になる、空き家が大好きな宅建士、ふどうさんのMAGOの保木です。
今回お伝えしたいのは、不動産売却のノウハウではありません。
査定価格の見方でも、税金の計算でも、売却手順でもありません。
テーマは、**実家じまいに伴う「感情の整理」**です。
実家の売却や解体を前にすると、多くの方が苦しみます。
しかし、不動産会社へ相談すると説明されるのは、
- 査定価格
- 周辺相場
- 売却費用
- 税金
- 手続き
- 売却までの期間
といった実務的な内容が中心です。
もちろん、これらは必要な情報です。
それでも、相談者様が本当に知りたいことは、別のところにある場合があります。
「売却すると、親を裏切ることになりませんか」
「実家を壊して、後悔しないでしょうか」
「どうすれば、気持ちを整理できますか」
実家じまいで苦しいのは、家という“物”を手放すからではありません。
その家に残された、家族の時間を終わらせるように感じるからではないでしょうか。
実家があるだけで、どこか安心していた
実家へ帰る回数が減ったのは、いつからだったのでしょう。
結婚して家を出て、仕事や子育てに追われ、気づけば帰省は年に数回になっていました。
それでも、実家があるだけで安心していました。
正月になれば帰る場所がある。
お盆になれば仏壇に手を合わせる。
玄関を開ければ、父と母がいる。
私の実家は、築50年を超える古い木造住宅でした。
駅から少し離れた住宅街にあり、玄関の引き戸は少し重く、冬になると廊下は底冷えしました。
子どもの頃は、それが当たり前でした。
父は居間で新聞を読み、母は台所で夕食を作っていました。
味噌汁。
焼き魚。
醤油の香り。
そんな何気ない日常を、今でも覚えています。
特別な出来事ではありません。
しかし、振り返ってみると、その何気ない時間こそが、私にとっての実家だったのだと思います。
親が亡くなった後も、家の中には時間が残っていた
父が亡くなり、その数年後に母も亡くなりました。
それから実家には、誰も住んでいません。
最初は、
「そのうち整理しよう」
と思っていました。
しかし、人は簡単に実家じまいができるものではありません。
特に、親が亡くなった後の実家は、玄関を開けるだけで記憶が押し寄せてきます。
居間へ入ると、今でも父がテレビを見ているような気がする。
台所へ立つと、母が振り向くような気がする。
もちろん、誰もいないことは分かっています。
それでも、家の中にはまだ親がいるように感じるのです。
古いカレンダー。
使いかけの食器。
タンスに残された洋服。
仏壇の花瓶。
玄関に置かれた履物。
一つひとつが、家族の暮らしが確かに存在したことを伝えてきます。
だから、片づけようとしても手が止まります。
🟥 実家じまいが進まないのは、決断力がないからではありません。物に触れるたび、故人との時間に触れてしまうからです。
不動産の仕事をしていても、自分の実家は別だった
私は不動産売却の仕事をしています。
空き家問題についても、多くの現場を見てきました。
庭木が道路へはみ出した家。
雨漏りが進んだ家。
屋根や外壁が傷んだ家。
郵便物がたまり、近隣から心配されている家。
誰も住まなくなった住宅が、想像以上の速さで傷んでいくことも知っています。
だから本来であれば、空き家は早めに方向性を考えた方がよいことも理解していました。
売るのか。
貸すのか。
管理を続けるのか。
解体するのか。
頭では分かっていました。
しかし、自分の実家になると話は別でした。
理屈では判断できても、感情が動かなかったのです。
実家を売ることに、罪悪感があった
実家を売ることに、私は強い罪悪感を抱いていました。
まるで、父と母を裏切るような気がしたのです。
父は、長い住宅ローンを払いながら家を守ってきました。
休日には庭木を切り、雨どいを掃除し、壊れた場所を自分で直していました。
母は毎日、家の中を掃除していました。
畳を拭き、仏壇に花を供え、家族が帰ってこられる場所を整えていました。
二人にとって、この家は単なる不動産ではありません。
家族を守り、子どもを育て、人生を積み重ねた場所でした。
だから私は、「解体」という言葉を口にするたびに苦しくなりました。
この家を壊したら、本当に両親がいなくなってしまうように感じたのです。
空き家問題の本質は「感情」にある
空き家の相談を受けていると、同じような言葉を聞くことがあります。
「売ったら親不孝な気がします」
「実家を壊すなんて、どうしても決断できません」
「まだ親が帰ってきそうで、荷物を処分できません」
私は、その気持ちがよく分かります。
空き家問題については、人口減少や高齢化、相続、建物の老朽化などが語られます。
それらは、どれも大切な問題です。
しかし実際の相談現場では、多くの方が数字や制度ではなく、感情のところで立ち止まっています。
人は、建物を手放せないのではありません。
そこに残された時間を、簡単には終わらせられないのです。
柱についた子どもの身長の印。
父が作った棚。
母が使っていた食器。
家族で囲んだ食卓。
何気なく笑い合った夜。
実家には、家族の人生が染み込んでいます。
だから、売却や解体を前にすると、心が動かなくなるのです。
空き家を解体した日、私は泣いた
解体当日の朝。
実家の前には、重機が止まっていました。
静かな住宅街に、エンジン音だけが響いていました。
私は、しばらく玄関を見ていました。
古い表札。
擦れた引き戸。
少し傾いた雨どい。
父が手入れしていた庭。
子どもの頃から何度も見てきた家です。
そのすべてが、今日でなくなる。
そう思いました。
解体業者の方が、
「始めてもよろしいですか」
と確認しました。
私は少し黙ってから、うなずきました。
最初に壊れたのは、庭のブロック塀でした。
鈍い音が響きました。
次に窓ガラスが割れ、壁が少しずつ崩れていきました。
私はその光景を見ながら、不思議な感覚になっていました。
家を壊しているのではない。
時間そのものが壊れていく。
そんな感覚でした。
やがて、居間が外から見える状態になりました。
父が座っていた場所。
母が笑っていた場所。
家族で夕食を食べた場所。
それらが重機によって崩されていきます。
そのとき、私は初めて泣きました。
自分でも驚くほど、涙が出ました。
親が亡くなったときとは、少し違う涙でした。
家がなくなることで、
「もう、ここには帰れない」
という現実を、初めて理解したのだと思います。
実家とは「帰れる可能性」なのかもしれない
実家とは、帰る場所です。
たとえ、今は誰も住んでいなくても。
親がすでに亡くなっていても。
そこに家が残っているだけで、人は心のどこかで、
「まだ帰れる」
と思っているのかもしれません。
しかし、家がなくなると、その可能性も失われます。
だから実家じまいは辛い。
実家売却が苦しい。
解体される家を見て、涙が出る。
それは決して、弱いからではありません。
思い出を大切にしてきた人にとって、ごく自然な感情なのだと思います。
🟨 実家を手放して悲しいのは、判断を間違えたからではありません。それだけ大切な時間を、その家で過ごしてきたからです。
「残したい気持ち」と現実の間で悩む
実家には思い出があります。
一方で、誰も住まない家を維持するのは簡単ではありません。
- 固定資産税
- 火災保険
- 草刈り
- 郵便物の確認
- 雨漏りや台風後の点検
- 防犯対策
- 害虫や害獣への対応
- 近隣への配慮
- 建物の修繕
- 遠方からの移動負担
所有している限り、管理は続きます。
時間がたつほど建物は傷み、売却や活用の選択肢が少なくなる場合もあります。
それでも、すぐに決断できない。
多くの方が、
「残したい気持ち」
と、
「管理を続けることが難しい現実」
の間で揺れています。
大切なのは、どちらかの感情を否定することではありません。
残したいと思うのも自然です。
管理が難しいと思うのも自然です。
その両方を認めたうえで、これからどうするかを考える必要があります。
感情を置き去りにした売却は、後悔が残りやすい
私は実家や空き家の売却相談を受けるとき、できるだけ結論を急がせないようにしています。
もちろん、建物の危険性や相続手続きなどの事情により、早く動いた方がよいケースもあります。
しかし、気持ちの整理ができていないまま売却や解体を進めると、
「本当にこれでよかったのだろうか」
という後悔が残ることがあります。
だから、まず話を聞きます。
どのような家だったのか。
誰が住んでいたのか。
どのような思い出が残っているのか。
家族の中で、誰がどのような気持ちを抱えているのか。
何を残したいのか。
何を手放すことが苦しいのか。
不動産の条件だけを調べても、実家じまいの答えは出ません。
その家に関わった人の気持ちを理解しなければ、本当の意味で納得できる整理にはならないからです。
実家じまいを急がずに進めるための5つの方法
1.家族で思い出を話す
売るか残すかを決める前に、その家で過ごした時間を家族で話してみてください。
「この部屋でよく遊んだ」
「父はこの庭を大切にしていた」
「母はこの台所に立っていた」
思い出を言葉にすることで、気持ちが少しずつ整理されることがあります。
2.家と室内を写真や動画に残す
建物を残せなくても、記録は残せます。
外観。
玄関。
居間。
仏壇。
庭。
柱の傷。
家族にとって大切な場所を撮影しておくと、後から振り返ることができます。
3.すべてを一度に片づけない
実家一軒分の荷物を一度に整理するのは、精神的にも体力的にも大きな負担です。
重要書類、貴重品、写真、形見など、優先順位を決めて少しずつ進める方法もあります。
判断できない物は、「保留箱」を作って後から考えても構いません。
4.形見を少しだけ残す
家を残せなくても、家族の記憶につながる物を残すことはできます。
写真。
食器。
時計。
手紙。
庭の石や小さな建具。
すべてを残す必要はありません。
自分にとって意味のある物を一つ選ぶだけでも、気持ちが違います。
5.売却・活用・管理・解体を比較する
実家じまいは、必ずしもすぐに解体することではありません。
- 建物を残して売却する
- 古家付き土地として売却する
- 一定期間だけ管理を続ける
- 賃貸や地域利用の可能性を調べる
- 解体して土地を売却する
- 親族や隣地所有者へ引き継ぐ
複数の方法を確認したうえで決めることで、「ほかの方法を知らなかった」という後悔を減らせます。
実家を売ることは、親不孝ではない
実家を売ることは、親を捨てることではありません。
家を解体することも、思い出を消すことではありません。
むしろ、誰も管理できないまま建物を傷ませ、近隣へ負担を残すことを避けるために、今の世代が責任を持って決断する。
それも一つの、家への向き合い方です。
親が本当に残したかったものは、老朽化した建物そのものではないかもしれません。
家族が安心して暮らし、争わず、次の人生へ進むこと。
そのために家を建て、守ってきたのではないでしょうか。
🟩 実家じまいとは、家族の歴史を捨てることではありません。その歴史を受け取り、次の世代へ負担ではなく思い出として渡すための選択です。
家がなくなっても、家族の時間は消えない
解体が終わった後、そこには何もない土地が残りました。
初めて見たときは、驚くほど広く感じました。
家が建っていた場所。
居間があった場所。
台所があった場所。
庭があった場所。
建物はなくなりました。
しかし、父が庭木を切っていた背中は覚えています。
母が作っていた料理の匂いも覚えています。
家族で食卓を囲んだ夜も、今でも思い出せます。
家がなくなっても、家族の時間まで消えるわけではありません。
思い出は、建物の中だけにあるのではありません。
その家で過ごした人の中に残り続けます。
まとめ|実家じまいとは、家族の時間と向き合うこと
実家じまいは、不動産を処分するだけの作業ではありません。
親との別れ。
子ども時代との別れ。
家族で過ごした時間との別れ。
そして、自分が次の人生へ進むための節目でもあります。
だから、苦しいのです。
だから、涙が出るのです。
すぐに気持ちを切り替えられなくても、責める必要はありません。
売るか、残すか、解体するかを決める前に、まずは家族の思い出と向き合ってみてください。
家族で話し合う。
家の写真を残す。
大切な物を選ぶ。
分からないことを専門家へ相談する。
そして、納得できるまで考える。
その過程も含めて、実家じまいなのだと思います。
私は空き家の現場に立つたびに感じます。
空き家問題の本質は、建物だけではありません。
そこに暮らした人と、残された人の感情にある。
不動産会社に必要なのは、査定書を渡すことだけではありません。
売主様が家族の時間と向き合い、納得して次へ進めるよう、選択肢を整理することではないでしょうか。
名古屋市・愛知県で実家じまいにお悩みの方へ
ふどうさんのMAGOは、名古屋市を中心に、空き家や相続不動産の売却をお手伝いしています。
「まだ売ると決めていない」
「親の荷物を片づけられない」
「解体することに抵抗がある」
「兄弟姉妹で気持ちがまとまらない」
「古い家を残したまま売れるのか知りたい」
そのような段階でも構いません。
すぐに売却や解体を勧めるのではなく、建物を残す方法、現況で売る方法、管理を続ける場合の負担、解体後に売る方法などを整理します。
実家じまいは、早さだけで決めるものではありません。
大切な家だからこそ、気持ちと現実の両方を確認し、後悔の少ない方法を一緒に考えていきます。
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