~空き家がつないだ、止まっていた家族の時間~
「妹とは、もう10年以上まともに話していません。」
最初にご相談へ来られたのは、お姉様でした。
愛知県内にお住まいの60代の女性です。
相談内容は、ご両親が残された空き家についてでした。
お父様は数年前に他界。
その後、お母様も亡くなりました。
実家は空き家となり、相続手続きが必要になっていました。
しかし、お姉様が本当に困っていたのは空き家ではありませんでした。
相続人である妹様との関係だったのです。
仲が悪かったわけではない
話を聞いていると、意外な言葉が返ってきました。
「昔は本当に仲が良かったんです。」
幼い頃はいつも一緒。
近所の公園で遊び、同じ部屋で眠り、母に叱られる時も一緒。
姉妹というより親友のような存在だったそうです。
お互いの秘密も知っている。
好きな食べ物も知っている。
将来の夢も話し合った。
そんな関係でした。
少しずつ生まれた距離
ところが大人になると人生は変わります。
進学。
就職。
結婚。
子育て。
住む場所も違う。
生活環境も違う。
会う回数は少しずつ減っていきました。
最初は連絡を取り合っていました。
誕生日には電話をする。
お盆や正月には顔を合わせる。
しかし次第に、それもなくなっていきました。
決定的な出来事
関係が悪化したきっかけは、お母様の介護だったそうです。
お姉様は実家の近くに住んでいました。
妹様は県外に住んでいました。
自然と介護の負担はお姉様へ集中しました。
通院の付き添い。
買い物。
役所の手続き。
入退院の対応。
お姉様は必死でした。
しかし疲れも溜まっていました。
「私ばっかり」
人は余裕がなくなると、本音が出ます。
「私ばっかり頑張っている。」
そんな気持ちが芽生えてしまったそうです。
もちろん妹様も何もしていなかったわけではありません。
仕事を調整して実家へ来る。
介護費用を負担する。
できる範囲で協力していました。
しかし距離がある以上、限界があります。
伝わらなかった想い
妹様には妹様の苦しさがありました。
「本当はもっと手伝いたい。」
「でも仕事がある。」
「家庭もある。」
そう思っていました。
しかし、その気持ちは姉には伝わりません。
反対に姉の苦労も妹には見えません。
お互い頑張っている。
でも、お互いが理解できない。
そんな状態になっていました。
母が亡くなった後
お母様が亡くなった時。
姉妹は同じ悲しみを抱えていたはずでした。
しかし、その頃には会話もほとんどありませんでした。
葬儀は終わった。
法要も終わった。
しかし関係は修復されませんでした。
そして実家だけが残りました。
空き家という宿題
誰も住まない実家。
固定資産税。
草刈り。
建物の老朽化。
放置するわけにはいきません。
売却するか。
活用するか。
解体するか。
何らかの決断が必要でした。
しかし相続人は姉妹二人。
話し合いが必要です。
ところが、その話し合いができませんでした。
久しぶりの再会
私が提案したのは、まず一度実家で会うことでした。
不動産の話をする前に。
査定の話をする前に。
実家を見てもらうことでした。
そして数週間後。
姉妹は久しぶりに実家で顔を合わせました。
最初はぎこちなかった
当然ながら空気は重かったそうです。
挨拶もどこかよそよそしい。
目も合わせない。
会話も少ない。
10年以上積み重なった時間は簡単には埋まりません。
しかし実家という場所には、不思議な力があります。
思い出が残る家
居間へ入る。
母が座っていた場所がある。
台所を見る。
母の後ろ姿を思い出す。
庭を見る。
父が剪定していた木がある。
家の中を歩くうちに、少しずつ昔の記憶が戻ってきます。
アルバムの発見
押入れの整理をしていた時でした。
古いアルバムが見つかりました。
幼稚園の頃の写真。
運動会の写真。
家族旅行の写真。
そこには幼い姉妹が写っていました。
手をつないで笑っています。
肩を組んでいます。
誕生日ケーキを囲んでいます。
「懐かしいね」
最初に口を開いたのは妹様でした。
「懐かしいね。」
姉様も写真を見ながら笑いました。
「こんなこともあったね。」
それだけの会話でした。
けれど10年以上まともに話していなかった二人にとっては、大きな一歩でした。
母が残したもの
アルバムには、お母様の字でコメントが残っていました。
「姉妹で仲良く。」
「二人とも元気に育ってくれてありがとう。」
「いつまでも仲良しでいてね。」
短い言葉でした。
しかし姉妹はしばらく黙っていました。
本当に怒っていた相手
その日、少しずつ本音が出ました。
姉は言いました。
「介護の時、正直つらかった。」
妹は言いました。
「ごめんね。」
そして続けました。
「でも私も、もっと何かできたんじゃないかってずっと思ってた。」
初めて聞く言葉でした。
涙の理由
姉様は泣いていました。
怒りではありません。
安心だったのだと思います。
ずっと分かってもらえないと思っていた。
でも違った。
妹も悩んでいた。
妹も苦しんでいた。
それが分かったのです。
相続の話より大切なこと
その後、売却についての話し合いは驚くほどスムーズでした。
査定価格。
売却方法。
手続き。
もちろん意見の違いはありました。
しかし以前とは違いました。
話し合える関係に戻っていたからです。
売却の日
数か月後。
実家は無事に売却されました。
契約の日。
姉妹は並んで座っていました。
以前なら想像できなかった光景です。
全ての手続きが終わった後。
妹様が姉様へ言いました。
「今度ご飯行こうか。」
姉様は少し笑って、
「たまにはいいね。」
と答えました。
空き家がつないだ家族
もし実家がなかったら。
もし空き家の問題がなかったら。
姉妹は今でも会っていなかったかもしれません。
相続は時として争いの原因になります。
しかし逆に、家族を再びつなぐきっかけになることもあります。
空き家マイスターとして感じること
私はこれまで多くの相続不動産を見てきました。
相続で揉める家族も見ました。
関係が悪化するケースもありました。
しかし一方で、今回のようなケースもあります。
親が残した家が、最後に家族を集める。
止まっていた時間を動かす。
言えなかった言葉を言わせる。
それは不動産の価値では測れません。
まとめ
今回のご相談は空き家売却の相談でした。
しかし終わってみれば、それ以上の出来事がありました。
10年以上距離があった姉妹が再び話をした。
謝ることができた。
理解し合えた。
そして前へ進むことができた。
空き家は負担になることがあります。
管理も大変です。
相続も複雑です。
けれど時には、親が残した最後の贈り物になることもあります。
空き家マイスターが見たリアルな現実
売却されたのは一軒の空き家でした。
けれど、本当に解決したのは不動産の問題ではありませんでした。
長い間、心の中に残っていた姉妹のわだかまりでした。
親が残した家はなくなりました。
しかしその家は最後に、もう一度姉妹を仲直りさせるという大切な役目を果たしたのです。
そしてきっと天国のお母様は、久しぶりに笑い合う二人を見て安心していたのではないでしょうか。


