空き家を10年放置した家族

名古屋市エリアで″売却サポート”に専門特化した
不動産売却のみを取り扱う専門店です。
空き家売却にともなう煩雑なお手続き、
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〒457-0846
愛知県名古屋市南区道徳通2-51 道徳ビル1F

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目次

――誰も悪くなかった。それでも実家は静かに老いていった――

その家が空き家になったのは、父が亡くなった年だった。

母は数年前に他界していた。

子どもたちはそれぞれ独立し、名古屋市内や県外で家庭を持っていた。

だから誰も戻らなかった。

ごく普通の話だった。

相続も終わった。

名義変更も終わった。

兄弟姉妹仲も悪くなかった。

それなのに、その家は10年間空き家のままだった。


■ 「そのうち決めよう」

最初の一年は、誰も深く考えていなかった。

父が亡くなったばかりだった。

遺品整理も途中だった。

仏壇もあった。

アルバムもあった。

まだ気持ちの整理がついていなかった。

だから兄は言った。

「落ち着いてから考えよう」

妹も頷いた。

それで話は終わった。

誰も反対しなかった。

誰も揉めなかった。

ただ先送りになっただけだった。


■ 5年後、誰も話題にしなくなった

空き家は残った。

春になると草が伸びた。

夏になると庭木が繁った。

秋には落ち葉が積もった。

冬は静かだった。

兄は年に数回見に行った。

妹は遠方に住んでいた。

電話では近況を話す。

だが実家の話はしない。

なぜなら答えがないからだ。

売るべきことは分かっていた。

解体も必要かもしれない。

しかし誰も口にしなかった。


■ 家は少しずつ老いていった

空き家は不思議だ。

人が住まなくなると急に年を取る。

父がいた頃はしっかりしていた家だった。

毎日窓が開き、

掃除がされ、

空気が動いていた。

しかし空き家になると違う。

湿気が溜まる。

カビが出る。

床が傷む。

屋根も傷む。

人間と同じだった。

誰にも気にかけられなくなると、急に老いていく。


■ 近隣からの電話

ある日、兄の携帯が鳴った。

近所の人だった。

「庭木が道路にはみ出しています」

申し訳なさそうな声だった。

兄は慌てて実家へ向かった。

10年近く放置された庭は別世界だった。

父が大切にしていた庭木は伸び放題だった。

雑草は腰の高さまで育っていた。

玄関前の景色が変わっていた。

兄はその時初めて思った。

「父はこんな家にしたかったわけじゃない」


■ 本当に放置していたのは家ではなかった

兄妹で話し合いをした。

久しぶりだった。

妹は泣きながら言った。

「家を残したかったんじゃないの」

兄は黙っていた。

妹は続けた。

「本当は、お父さんとの別れを認めたくなかっただけ」

その言葉で、兄も気づいた。

10年間放置していたのは家ではなかった。

感情だった。


■ 「まだ親がいる気がした」

空き家の相談でよく聞く言葉がある。

「まだ親がいる気がする」

実際には誰もいない。

分かっている。

それでも家が残っている限り、

どこかで親も残っている気がする。

だから壊せない。

だから売れない。

だから決められない。

これは珍しい感情ではない。

むしろ自然な感情だと思う。


■ 解体の日

最終的に兄は解体を選んだ。

築60年近い家だった。

修繕して住む予定もなかった。

現実を考えれば、それが最善だった。

解体当日。

重機が入った。

壁が崩れた。

柱が倒れた。

居間が見えた。

父の席があった場所だった。

兄は黙って見ていた。

妹は静かに泣いていた。

だが不思議だった。

悲しいだけではなかった。

どこか肩の力が抜けたような感覚もあった。


■ 後悔したのは放置したこと

解体後、兄はこう言った。

「もっと早く向き合えばよかった」

妹も頷いた。

売却したことを後悔しているわけではなかった。

解体したことを後悔しているわけでもなかった。

後悔していたのは、

10年間、考えることを避けてしまったことだった。


■ 空き家問題の本質

私は仕事で多くの空き家を見てきた。

そのたびに思う。

空き家問題の本質は建物ではない。

感情だ。

家族だ。

思い出だ。

親との別れだ。

だから簡単には決められない。

数字だけでは動けない。

10年ぶりに開けた雨戸

解体が決まったあと、兄は久しぶりに実家の雨戸を開けた。

重くなった戸が、ぎぃっと鈍い音を立てた。

差し込んだ光の中に、埃がゆっくりと舞った。

誰もいない居間。

父が座っていた座椅子はもうない。

母が手入れしていた観葉植物もない。

時計だけが壁に残っていた。

もちろん止まっている。

それなのに兄は思った。

「なんだか昨日まで誰かがいたみたいだな」

家には不思議な力がある。

人がいなくなっても、その人の時間だけは残してしまう。


■ 遺品整理で見つけた父のメモ

解体前の片付けの日。

押し入れの奥から古い封筒が出てきた。

中には父の字で書かれたメモが入っていた。

買い物の記録。

庭木の手入れ予定。

病院の予約日。

どれも何気ない内容だった。

しかし兄の手は止まった。

涙が出たわけではない。

ただ、動けなくなった。

人は特別な遺言よりも、

こういう何気ない日常の痕跡に弱い。

そこには確かに生きていた証拠があるからだ。


■ 解体後に気づいたこと

更地になった土地を前にして、

妹はぽつりと言った。

「家がなくなったのに、お父さんが遠くなった感じはしないね」

兄も頷いた。

10年間、自分たちは勘違いしていたのかもしれない。

家を残していたから親が近くにいたのではない。

親が心の中にいたから、家を残したかったのだ。



■ 最後に

空き家を10年放置した家族。

誰も悪くなかった。

怠けていたわけでもない。

無責任だったわけでもない。

ただ、親との別れ方が分からなかっただけだ。

だから家を残した。

だから決められなかった。

だから時間が過ぎた。

しかし10年後、兄妹はようやく気づいた。

向き合わなければならなかったのは空き家ではない。

親がいなくなった現実だった。

空き家問題は不動産の問題だと言われる。

けれど現場で見ていると、そうは思えない。

本当の問題は、家族の感情だ。

思い出だ。

そして「ありがとう」を言えなかった時間なのだ。

実家じまいとは、家を片付けることではない。

人生の一章を静かに閉じる作業なのかもしれない。


空き家マイスターが感じるリアルな現実

空き家を10年放置した家族は珍しくない。

愛知県でも、名古屋市でも、同じような相談は少なくない。

しかし私は思う。

その10年は無駄だったとは言い切れない。

人には感情を整理する時間が必要だからだ。

ただ一つ言えることがある。

空き家は、いつか必ず向き合わなければならない。

その時に大切なのは、

「売るか残すか」ではなく、

家族で話し合うことだ。

そして親との時間を振り返ることだ。

実家じまいとは、不動産の整理ではない。

人生の一区切りなのかもしれない。

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