「もう壊すしかない」と思われた相続空き家に起きた、想定外の結末
こんにちは。
趣味は街歩き。名古屋市の街を歩き続けて8年になる、空き家が大好きな宅建士、ふどうさんのMAGOの保木です。
今回ご紹介するのは、名古屋市緑区有松にあった築90年を超える古民家の売却事例です。
最初のお問い合わせは、不動産査定の依頼ではありませんでした。
「古い実家を解体したいので、解体業者を紹介してもらえませんか」
売主様は、すでに建物を壊す方向で考えていました。
雨漏りがある。
床も傷んでいる。
建物にも傾きが感じられる。
相続した家に住む人はいない。
複数の解体業者から提示された見積額は、約250万円でした。
決して小さな負担ではありません。
それでも売主様は、
「これだけ古ければ仕方ないですよね」
と、半ば納得されていました。
ところが、解体工事を始める前に現地を確認したことで、話は思わぬ方向へ動き始めます。
最終的に、この家は解体されませんでした。
建物を残したいと希望する買主が現れ、築90年を超える古民家は、次の所有者へ引き継がれることになったのです。
🟨 今回の事例で重要だったのは、建物を直したことではありません。壊す前に、その家を必要としている人がいないか確かめたことでした。
※売主様および買主様のプライバシー保護のため、築年数、金額、経緯などの一部を調整して構成しています。
父が亡くなり、実家を相続したものの住む人はいなかった
売主様は名古屋市外にお住まいでした。
ご両親が亡くなり、有松にある実家を相続しましたが、ご自身にはすでに生活の拠点があります。家族の中にも、実家へ戻って暮らす人はいませんでした。
当初は、「できれば残したい」という気持ちもあったそうです。
しかし、誰も住んでいない古い家を維持するのは簡単ではありません。
雨が降るたびに雨漏りが心配になる。庭木が伸びれば近隣へ迷惑をかけないか気になる。台風の後には屋根や外壁の状態を確認しなければならない。
固定資産税、火災保険、草刈り、修繕、防犯対策にも費用がかかります。
売主様にとって実家は、思い出の場所であると同時に、年々重くなる管理負担でもありました。
「残したい気持ちはあります。でも、現実的にはもう管理できません」
空き家売却の現場では、よく聞く言葉です。
空き家が放置される理由は、所有者様に責任感がないからではありません。
残したいという感情と、維持できないという現実の間で、決断できなくなっていることが多いのです。
解体費250万円。「高いけれど仕方ない」と思っていた
売主様は、すでに複数の解体業者から見積もりを取っていました。
建物本体の解体だけではなく、廃材処分、残置物撤去、庭木や外構の撤去などを含めると、見積額は約250万円です。
築90年を超える木造住宅で、重機やトラックの進入条件にも制約があれば、工事費が大きくなることがあります。
それでも売主様は、解体費用を支払うつもりでいました。
なぜなら、
「古い家には価値がない。土地として売るには、先に壊さなければならない」
と思い込んでいたからです。
ここには、相続空き家で起こりやすい失敗があります。
🟥 売却価格を調べる前に解体を決めてしまうと、建物を必要とする買主と出会う機会も、解体費を負担せず売却できる可能性も失います。
建物は一度壊したら元には戻りません。
だからこそ解体は、古い家を見たときの最初の判断ではなく、売却・再利用・改修の可能性を調べた後の判断であるべきです。
有松を歩いていると「古さ」の意味が変わる
有松の街を歩くと、一般的な住宅地とは少し違う時間が流れているように感じます。
緩やかに曲がる旧東海道。
黒や焦げ茶色の木部。
格子戸。
瓦屋根。
軒先で風に揺れる藍色の有松絞り。
新しい建物が並ぶ街では、築年数の古さはマイナスとして捉えられがちです。
しかし有松では、古い建物が街の歴史や文化を形づくっています。
有松は慶長13年(1608年)に開かれ、有松絞りとともに発展した地域です。旧東海道沿い約800メートルには、江戸後期から昭和前期に建てられた絞商の主屋や門、塀などが残っています。
平成28年には、有松伝統的建造物群保存地区が国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されました。さらに令和元年には、「江戸時代の情緒に触れる絞りの産地」として日本遺産にも認定されています。
🟩 同じ築90年でも、一般的な住宅地にある家と、有松の歴史的な町並みに調和する家とでは、買主が感じる価値が異なります。
もちろん、有松にある古い家がすべて文化財として評価されるわけではありません。
重要なのは、築年数だけで結論を出さず、その建物と地域の関係を確かめることです。
現地で感じた「解体するには惜しい」という違和感
初めて建物の中へ入ったとき、老朽化はすぐに分かりました。
天井には雨漏りの跡があり、床には傷みがあります。建具の動きが悪い場所もあり、そのまま住める状態ではありませんでした。
住宅として査定するなら、修繕費を考慮しなければなりません。
しかし、建物を見ているうちに、私は別の違和感を覚えました。
「本当に、この家は壊す以外にないのだろうか」
見上げると、今では簡単に手に入らないような太い梁が残っていました。
手仕事を感じる建具、庭へ視線が抜ける昔ながらの間取り、使い込まれた木部、家族が何十年も暮らしてきた痕跡。
傷んでいるからこそ手を入れる必要があります。
しかし、傷んでいることと、価値がないことは同じではありません。
専門家は古民家のどこを見るのか
古民家の売却では、「雰囲気がよい」という感覚だけで販売することはできません。
専門家が確認すべきなのは、魅力と危険性の両方です。
まず建物について、雨漏り、傾き、腐食、シロアリ、基礎、屋根、給排水、電気設備などを確認します。安全性や耐震性について詳しい判断が必要な場合は、建築士や建物調査の専門家へつなぎます。
次に確認するのが道路です。
現在建物があるからといって、解体後も同じように建て替えられるとは限りません。前面道路の種別、接道長さ、セットバックの必要性などを調べる必要があります。
さらに、境界、越境、登記名義、残置物、改修費の見込みも整理します。
有松では、所在地が伝統的建造物群保存地区や町並み保存地区などに該当するかどうかも重要です。
町並み保存地区内で建物や工作物の新築、増改築、除却などを行う場合、事前相談や現状変更行為の届出等が必要になることがあります。また、区域によっては地区計画など、別の手続きが関係する場合もあります。
🟥 「古民家だから自由に改装できる」「所有者だから自由に壊せる」とは限りません。正確な区域と必要な手続きは、工事や解体の契約前に名古屋市へ確認することが大切です。
不動産会社から見ると、古民家は扱いにくい
少し業界の本音をお話しします。
古民家は、一般的な中古住宅より評価が難しい不動産です。
建物の不具合が多く、修繕費を正確に予測しにくい。住宅ローンや火災保険について個別の確認が必要になることもあります。買主へ説明すべき事項も増えます。
そのため、築年数だけを見て、
「建物価値はありません」
「解体して土地として売りましょう」
という結論になりやすいのです。
もちろん、建物の状態によっては解体が合理的な場合もあります。
倒壊の危険性がある。再利用に必要な修繕費が大きすぎる。土地としての需要が中心で、建物を残すことが売却の妨げになる。
そのような物件を無理に残す必要はありません。
しかし、すべての購入者が新築住宅を探しているわけでもありません。
🟨 古民家売却では、「普通の中古住宅を探している人」だけを買主として想定すると、本来の需要を見落とします。
「解体はいつでもできます。一度だけ市場へ出しませんか」
現地確認を終えた後、私は売主様へ提案しました。
「解体は後からでもできます。一度だけ、建物を残した状態で市場の反応を見てみませんか」
売主様は驚かれました。
「こんなに古くて傷んだ家を、見たい人がいるんですか」
その反応は自然です。
売主様にとっては、子どもの頃から見てきた古い実家です。雨漏りや傷んだ箇所もすべて知っています。
そのため、建物の欠点ばかりが目に入っていました。
しかし、初めてこの家を見る人には違う景色が見えるかもしれません。
太い梁を魅力に感じる人。
古い建具を残したい人。
中庭のある間取りを探している人。
有松で店舗や仕事場を持ちたい人。
私たちは、解体をいったん保留し、古民家付きの状態で販売を始めることにしました。
最初から順調だったわけではない
販売を始めれば、すぐに理想的な買主が現れると思っていたわけではありません。
古民家の魅力だけを強調しすぎると、内覧時に建物の傷みとの落差が生まれます。
反対に、「雨漏りあり」「築90年」「修繕必要」という欠点だけを並べれば、物件情報を見た段階で候補から外されてしまいます。
古民家売却で難しいのは、欠点を隠さず、それでも見学する価値があることを伝えることです。
建物の傷み、改修が必要な箇所、法令上の確認事項を説明する。
そのうえで、梁、建具、間取り、庭、地域との調和など、写真だけでは伝わりにくい魅力を言葉にする。
私自身、この事例を通じて改めて感じた失敗があります。
🟥 不動産会社が「古い」「雨漏りがある」「修繕費がかかる」という説明だけで終われば、その家の価値は市場に届きません。
欠点の説明は必要です。
しかし、それだけでは査定ではなく、減点作業になってしまいます。
想定外だった問い合わせの内容
販売を始めると、少しずつ問い合わせが入りました。
ただし、反響を示したのは、一般的な新築志向の購入者ではありません。
県外から有松への移住を考えている方、古民家再生に興味がある方、リノベーションを前提に家を探している方、店舗兼住宅を検討している方などでした。
「築90年だから見送る」のではなく、
「築90年だから見てみたい」
と考える人たちです。
同じ建物でも、買主が変わると評価する部分が変わります。
一般的な住宅購入者が修繕費を心配する一方、古民家を探している人は、改修後に残せる梁や建具を見ます。
土地だけを探している人には解体費が負担に見えても、有松で店を開きたい人には、建物の外観や街並みとのつながりが魅力になるかもしれません。
売主様も、内覧希望が入るたびに驚かれていました。
「本当に、この家を見たい人がいるんですね」
そして現れた、建物を残したい買主
数組をご案内した後、名古屋市外に住む40代のご夫婦が見学に訪れました。
玄関を入り、傷んだ床や雨漏り跡を確認しながら、ゆっくり建物の中を歩いていきます。
私は、修繕が必要な箇所について説明しました。
しばらくして、ご夫婦は太い梁を見上げました。
「この梁は、すごいですね」
そして、古い建具や庭を見ながら、
「全部新しくするのではなく、残せるところは残したいです」
と話されました。
それは、売主様が初めて聞く言葉でした。
これまで売主様が聞いてきたのは、
「古い」
「修繕費がかかる」
「壊した方がよい」
という話ばかりだったからです。
買主様が見ていたのは、新築と比べた性能ではありません。
この家で過ごしてきた時間、今では再現しにくい材料、有松の街並みとのつながり、改修によって生まれる未来でした。
🟩 売主様が「欠点」だと思っていた築90年という時間を、買主様は「新築では手に入らない価値」として見ていました。
契約の日、売主様が話してくれたこと
売買契約の日、売主様は建物について静かに話してくださいました。
「父が大切にしていた家なんです」
「でも、私たちでは維持できませんでした」
「壊すしかないと思っていたので、残してくれる方が見つかって本当に良かったです」
不動産売却では、価格や条件が重要です。
しかし、相続した実家の場合、売却代金だけでは測れないものがあります。
家族が暮らした記憶。
親が守ってきた建物。
子どもの頃に見ていた庭。
手放すことへの申し訳なさ。
今回の売却によって、売主様が実家を所有し続ける負担はなくなりました。
一方で、家は壊されず、次の所有者へ引き継がれました。
「売ること」と「残すこと」が、同時に実現したのです。
解体していたら失っていたもの
もし最初の計画どおりに解体していたら、売主様は約250万円を先に負担していたでしょう。
建物はなくなり、更地として販売することになります。
それが間違いだったと断定することはできません。更地にした方が早く売れる土地もあります。
しかし、今回の建物については、解体工事を少し待ったことで別の選択肢が生まれました。
売主様は解体費用を先に負担せずに済み、買主様は残したい建物を取得できました。家族の記憶が残る建物も、地域の景観も次へ引き継がれました。
🟨 解体しなかったことが成功の理由ではありません。解体する前に、残す価値と買主の可能性を確認したことが成功の理由です。
有松の古民家なら必ず高く売れるわけではない
ここは誤解していただきたくない部分です。
有松にある古い建物だからといって、すべて高値で売却できるわけではありません。
建物の劣化が深刻で再利用に多額の費用が必要な場合もあります。接道、境界、越境、耐震性、用途変更、消防設備、給排水などが利用計画の障害になる可能性もあります。
また、有松のすべての土地が重要伝統的建造物群保存地区に入っているわけではありません。所在地によって適用される区域や制度が異なります。
店舗や宿泊施設などへの転用を検討する場合も、用途地域、建築基準法、消防法、保健所関係の許可など、個別の確認が必要です。
🟥 「古民家をカフェにできます」という販売表現は、法令・構造・設備を確認せずに使うべきではありません。正しくは「店舗利用を希望する需要が考えられるため、実現可能性を専門家へ確認する」です。
魅力を伝えることと、可能性を保証することは違います。
古民家の価値を判断する専門家の見方
古民家の売却では、単に築年数を査定表へ入力するだけでは十分ではありません。
不動産会社は、主に土地の市場性、道路、法令、周辺需要、想定買主、販売方法を確認します。
建築士やインスペクターは、建物の傾き、雨漏り、構造、耐震性、再利用可能な部分などを確認します。
司法書士は相続登記や共有関係、土地家屋調査士は境界や未登記部分、税理士は売却後の税金を担当します。
有松の保存地区に関係する建物では、行政への事前相談も欠かせません。保存基準に沿った修理・修景について、一定の補助制度が用意されている場合もありますが、対象区域や建物、工事内容、予算などの条件があります。工事契約前の確認が必要です。
一人の専門家がすべてを判断するのではなく、必要な分野をつなぐことが大切です。
古民家売却で避けたい4つの失敗
1.売却可能性を調べる前に解体する
一度解体すると、中古住宅や古民家として売る選択肢はなくなります。
まず現況のまま査定し、土地としての価格、古民家としての需要、解体費用、売却期間を比較します。
2.リフォームしてから売ろうとする
買主が希望する間取りやデザインは分かりません。
売主様が多額の改修費をかけても、その金額を販売価格へ上乗せできるとは限りません。雨漏りの応急措置など、劣化を防ぐ工事と、商品化するための大規模改修は分けて考える必要があります。
3.傷みを隠して雰囲気だけで販売する
古民家は見た目が魅力的でも、雨漏り、傾き、腐食、シロアリなどを抱えている可能性があります。
把握している不具合を買主へ説明し、契約条件を明確にすることが、売却後のトラブル防止につながります。
4.一般住宅と同じ売り方をする
古民家を探す人と、新築用地を探す人では、重視する情報が異なります。
建物の歴史、材料、間取り、庭、地域との関係、活用の可能性を、適切な写真と言葉で伝える必要があります。
古い家は「価値がない」のではなく、買主が違う
一般的な中古住宅市場では、築年数が経過した建物は評価されにくくなります。
しかし、古民家市場では古さが魅力になることがあります。
大切なのは、古い建物を無条件に残すことではありません。
その家を残すために必要な費用と、残したいと考える人が存在する可能性を調べることです。
今回の築90年の家も、最初から高く評価されていたわけではありません。
売主様には管理できない古い実家に見えました。
解体業者には、撤去する建物として見えていたでしょう。
しかし買主様には、時間をかけて再生したい家に見えました。
同じ建物でも、見る人が変われば価値の意味が変わります。
まとめ|壊す決断は、残せる可能性を調べてからでも遅くない
今回の有松の古民家は、約250万円をかけて解体される予定でした。
しかし、工事を始める前に現地を確認し、有松という地域の特性と建物に残された魅力を見直したことで、古民家を求める買主と出会うことができました。
雨漏りや傾きがなくなったわけではありません。
築90年という事実も変わりません。
変わったのは、その家を届ける相手です。
🟥 古いから壊す。空き家だから更地にする。その判断が最善とは限りません。
🟩 不動産売却で本当に大切なのは、建物の欠点だけを見るのではなく、その欠点を理解したうえで価値を感じる買主がいるか確かめることです。
売ることは、家族の歴史を捨てることではありません。
次に使ってくれる人へ託すことも、実家を守る一つの方法だと私は考えています。
名古屋市緑区有松で古民家・相続空き家を所有している方へ
ふどうさんのMAGOは、名古屋市南区を拠点に、有松を含む緑区の空き家や相続不動産の売却をお手伝いしています。
築年数が古い住宅、雨漏りのある家、家財が残った空き家、再建築が難しい可能性のある土地、境界や私道に問題がある不動産についても、最初から解体を前提にせず、現地と資料を確認しながら出口を検討します。
「解体業者から見積もりを取ったが、本当に壊すべきか迷っている」
「築年数が古すぎて売れないと言われた」
「県外に住んでいて、有松の実家を管理できない」
「建物を残してくれる買主を探したい」
このような段階でも構いません。
古家付きで売る。
古民家として利用する人を探す。
土地として売る。
解体条件付きで販売する。
専門家の調査後に方針を決める。
選択肢を比較したうえで、本当に解体が必要であれば、その段階で工事を進めても遅くありません。
築90年の家にも、まだ次の物語が残されているかもしれません。
対応エリア
名古屋市南区・緑区・港区・瑞穂区・熱田区・昭和区・天白区・中川区・中村区・中区・千種区・名東区・守山区をはじめ、名古屋市全域および愛知県内に対応しています。
※本記事は実際の相談経験をもとに、個人を特定できないよう築年数、費用、家族構成、購入者像、経緯などの一部を調整して構成しています。
※古民家の安全性、耐震性、用途変更の可否、保存地区における工事・除却の手続きは、建物と所在地によって異なります。不動産会社だけで判断せず、必要に応じて名古屋市、建築士、司法書士、土地家屋調査士などへご相談ください。


